ジュズツナギ

第 4 回

「 塀の向こうに 」

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安田 謙一
(安田ビル)

ちょうど80年代の10年間、私が18才から 28才の時を京都で過した。思い出話を書けば キリが無い。今ではそんなに顔を合わせるこ ともないけれど、学校時代の友達をほとんど 持たない人間にとって、気心の知れた、親友 と呼ぶ事になんの照れや衒いもない人たちと 沢山出合った。いい思い出ばかりだ。それか ら10年以上、今日まで、生まれた町である神 戸で過ごしている。

さて、京都であった事で、今してない事の ひとつは銭湯通いである。比較的、辺鄙(へ んぴ)な場所で〜特定しない理由は後で書く 〜風呂のない部屋に住んでいた為、近所の風 呂の閉店時間に間に合わないので町中のあり とあらゆる銭湯に入った。或いは、閉店時間 にあわせて生活時間を設定したりもした。こ れが結構大変だった。

で、本題。その近所の風呂というのが、先 に書いたようにかなり辺鄙で、利用者数の少 ない場所にあったため、いつも客はがらがら だった。しかも閉店間際に行く事が多いので、 男湯の客はひとりということが殆どだった。 更に番台で常時座って接客すべき人間も、そ ういう状態なので、ルーズといおうかなんと いおうか持ち場を離れて不在になることが少 なくなかった。もうお分かりだろう。これは 「女湯を覗け!」という神が与えし試練以外 の何物でもない。据膳食わぬは…と、ばかり に、男湯と女湯を二分する塀を見てやると、 これがまた異常に低いのである。身長の高い 私は、ひょいと背伸びをすれば、簡単に覗け てしまうのである。恐ろしいことに。

先に「女湯を覗く」という表現を使ったが 人の文章なら私はきっとこうツッコんだだろ う。「女湯ではなく、女湯に入ってる女を覗 くんだろ!」と。ところが、私が覗いたのは 「女湯に入ってる女ではなく、女湯そのもの」 であった。そう、女湯にもほとんど客はいな かったのだ。不毛である。ホントは何度か女 子大生もいたけど、そんな事はまあいいとし て、ヒドイ話である。覗き厳禁である。近く に住んでいた女性の友人も同じ銭湯を利用し ていたが、私が嬉しそうに覗き癖を告白した ら、その日から、塀の上に常に私の顔がある ような、そんな気になりしょうがなかったそ うである。トラウマである。覗き厳禁である。

今考えると、その動機の99.9999…パーセ ントは性欲から来ているのだが、あとの僅か、 私を塀の向こうに誘った何かを考えると、好 奇心であり、フロンティア精神であったのか もしれない。いや、もっと具体的に言うなら、 「将来、ちょうど今から10数年後の新世紀。 来るべきIT時代に京都を拠点とするホーム ページ上で、何か京都について書け、と依頼 を受けたときのネタになるかも」と、そんな 気がして背伸びしてたのかもしれない。つま り、何でも若いうちにやっておけば老後は何 も考えずに生きられる、という有難いお話じ ゃ。心して読むがええじゃ(京都タワーのサ イボット館の語べジジイの声で)。


ジュズツナギ
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苗村 聡
WORKSHOP
records
安田 謙一
安田ビル
田中 正久
ヴィレッジ・グリーン

第5回は、レコード店ヴィレッジ・グリーンの店主、田中正久さんです。 いろいろと素敵な音楽を教えていただきました。 いや過去形ではなく、今もWEB上で毎日教わってます。 教わったいろいろ…、の内訳は、ザ・ビートルズ以外の すべて、と言っても大袈裟ではありません。


安田 謙一
京都が誇る漫画家ツジイタカヒロ君による命 名=漫筆家の肩書きでいろいろ書いてます。 レコード廻したり、理屈こねたり…の、もう すぐ40歳。生まれたときから「不惑」です。

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