ジュズツナギ

第 47 回

「 ちょうどいい広さ 」

水島博範
(磔磔)

僕が長崎から京都にやってきたのは、71年の春、19歳でした。
その間、いろいろバイトやった末に磔磔に入りました。

74年に磔磔が出来、76年に僕が入りました。

ざっと見ると30年も磔磔にいるのです。24歳の僕は、54歳になりました。
京都には拾得があり、そこの経営者テリーも九州です。

京都は他の都市に比べて学生が多いからか知らないけど、他府県の人にとって意外と住み易く、規模もちょうどいい広さです。 四条からタクシーで2000円あればほとんどの所へ行けます。

東京は無理です。京都は東京山手線にすっぽり入ります。何といっても京都は人を含めて、町の様子が大体判って、【ジュズツナギ】をやろうと云う気にさせます。

それと磔磔は僕にとって、ちょうどいい広さのライブハウスです。

音響的にも丁度良い広さ。ステージの音がダイレクトに聞こえ、普通のロックバンドはモニターは生音、ボーカルだけで充分です。

磔磔が出来た当時と今とを比べると、出てるバンドの機材、磔磔のP.Aもの機材も上等になりました。 バンド人口も増え「不良が溜まる所」ではなくなりました。

20年位前は、夏休みになると警察やらPTAが児童保護のもと、胡散臭い(?)バンドを視察(?)に来ていたものです。

メンバーの親の年代も、40代、僕より年下です。世代も一回り。

さて70年代の営業時間は、12時から23時まで。夕方頃にバンドがやってきて、一曲ほど曲をやってリハは終了。 その間は普通に営業、お客さんはリハを見てから本番を見ようか、止めとくかを決めていたのです。

12時から21時までは、ライブの本番中を除き、好きなレコードを掛けてました。

それも片面25分そこらのLPです。

これもちょうどいい長さ。CDはちょっと長すぎます。

僕の緊張は25分位です。

これからもずっと京都でやっていくと思います。

よろしく。


ジュズツナギ
つぎの方は…
竹中建三
アセント
水島博範
磔磔
木村辰也
DESTINY

ジュズツナギ第48回は、木村辰也。ロックバンドDESTINYのボーカル。


水島博範
長崎出身、高校まで長崎。
19才で京都にでる。
以降、ずっと京都。
ライブハウス磔磔を経営。

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