ジュズツナギ

第 63 回

「 (I guess) I just wasn't made for these times 」

ミシシッピ
(絵描き)

駄目な僕、という邦題のついているビーチボーイズのこの曲は、とりあえずは、僕は今の時代に向いてないのかもしれない、というように訳せるけど、もうすこし言えば、何か現実に違和感をかんじる、自分だけが浮いている気がする、という意味だと思う。こんな「ぼく」は どこの国にでも、いつの時代にでもいるはずで、60年代のカリフォルニアだって、90年代の京都だって、その辺の事情は変わらない。

大学卒業後、いったん就職、一年で退職、さあどうしようかね?という頃に発売されたのが、CD4枚組、「ビーチボーイズ/ペットサウンズ・セッションズ」で、ぼくは「ペット・サウンズ」は以前から持っていたけれど、本当にちゃんと出会ったのはそのときだと言える。胸に沁みた。そのレコードを作った頃のビーチボーイズは、リーダーのブライアン・ウィルソンが精神的に参ってしまい、バンドの他のメンバーがツアーに出るというのに、ひとりだけキャンセルして家にこもり、恐ろしく集中して箱庭的に音を積み上げてレコーディングをすすめ、帰ってきたメンバーはブライアンの指示通りにコーラスを吹き込むだけ、という難儀な状態だった。♪I guess I just wasn't made for these times〜、なんて歌いたくなるのも無理はない。そして、そんなふうに作られたレコードは、困ったことに、皆が働いてるのに俺だけ辞めちゃったなあ、という当時のぼくの気分にめちゃくちゃマッチしたのだ。恥ずかしながら!ブライアンの声は男のくせにかぼそく、綺麗で、彼の女々しく情けない歌は、なんというか、ひとごとではなかった。

当時、レコードコレクターズがこのBOXセットの特集号を出しており、ぼくはその表紙のアート・ワークもレコードと同じくらい、ものすごく気に入っていた。安斎肇さんがデザインした、電話をかけるブライアン・ウィルソンの肖像。表紙の中で彼は、キングサイズのベッドにひとり寝そべり、いかにも自閉した青年っぽいのだが、それにも関わらず、なぜかベッドカバーがヒョウ柄だったり、ベッドの向こうに強力な夏の海が打ち寄せていたり、ストレンジで、そこが好きだった。俺はただ大人しくひきこもっているだけじゃねえぞ、という気概が見える。それはつまり、ぼくにとっての「ペットサウンズ」のレコードの印象そのものだった。繊細で、すごくヘン。淋しそうだけど、それだけじゃない。これだけやってるんだから認められてもいいんじゃないか?という自信も胸の内には、はっきり持っている。でも、やっぱり駄目かもしれないな・・

ぼくは、その表紙を真似して絵を描き、結局その絵が自分で心から気に入ったものになったのがきっかけで、初めての個展を決意するに至る。ぼくは、ぼくが個展なんてしてもいいのかな?という遠慮と、でもやるんだよ!という独断を、両方持ちつつ、とにかく、せっせと絵を描いた。せっせと「ペットサウンズ」を聴いた。個展をお知らせするDMにはブライアンの絵を使った。電話をかけている太っちょの男。目を閉じているが眠ってる訳ではない。電話の先には誰かがいるのか?いないのか?

20世紀が終わる直前、冬、一乗寺・恵文社ギャラリーでの6日間の個展。ぼくの、絵を描く人生が、そこから始まった。はじまってしまった。それから10年が過ぎた。


ジュズツナギ
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屯風
ミシシッピ
絵描き
森ハルコ
moshimoshi

ジュズツナギ第64回は、本と紙とたのしいもの、のお店、moshimoshi 店主の、森ハルコさん。いつだったか店を覗いたとき、森さんが読んでいた本が「パンク・ニューウェイブ読本」だったのが、やけに印象に残っています。かわいいな。


ミシシッピ
絵描き、マンガ家。72年生まれ。
ウェブサイト<www.mississippi-kyoto.com>

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