ジュズツナギ

第 35 回

「ゴトウゆうぞうのドント・ルック・バック2005」

ゴトウゆうぞう
( エンターティナー)

2005
あけましておめでとうございます。
「京都のボリス・ガーディナー」こと、ダンカン林さんより御紹介を賜りました、ゴトウゆうぞうと言う訳のわからんモンでございます。しばらくの間、(皆様方の80年の人生のほんの、1、2、3、456分だけ)お付き合いのホド、ヨロシクお願い申し上げます。

私がこの歴史と伝統、雅と心、愛と文化とロマンとチックの街、京都で暮らし始めて、なななななんと3月で29周年!!(ちゅうとハンパやなあ)私にとって29年前の京都は、まさに「大学とブルース」の街でありました。70年代のはじめの頃のフォーク・ブームが過ぎ去って、いつの間にか関西に、アメリカン・ブラックミュージック「ブルース」の一大ブームが巻き起こり、京都はその中心だったのです。 そのブルース熱(フィーバー)に浮かされた私は、「働かないでガッポリと稼いでみせるぜブルースで!」ギター一本さらしに巻いて、京都産大推薦入学を足がかりに、南海フェリーと南海電車、京阪電車を乗り継いで、はるばる四国の街から、京都上賀茂ひらぎの別れへとやって来たのでした。

その時はまだ「ブレイク・ダウン」は結成前でしたが、日本最古のライブハウス丸太町「拾得」、富小路四条下ル「磔磔」、できたばかりだった銀閣寺「サーカス&サーカス」(あぁ、なつかしい!!)等あちこちの店でホットなライブが行われていました。「ウエスト・ロード・ブルース・バンド」や「上田正樹とサウス・トゥ・サウス」、「憂歌団」、入道のいた「ブルース・ハウス」。そしてその他もっともっと大勢のブルースマン達が青春とブルースの火花を、毎夜毎晩、京都の空に散らしまくっていたのです。

当時(30年前)の拾得のポスターのスケジュールを見ると、ひと月に25日以上がブルースか黒人音楽系のライブで、こんな小さな街で、それも何軒も何軒もブルースばっかりが演奏されていたのは、地球上では、この京都と本場のシカゴぐらいのもんでしょう。

たしかに関西人はブルース(黒人音楽)がぐっとくるようで、当時関西のバンドは、ほとんどが、ブルースかR&Bを演奏していました。が、しかし1979年に東北地方のロックコンテストの決勝大会にゲストで出演した際(ヤマハ主催で、関西では「8・8ロックデイ」、関東では「イースト・ウエスト」)、東北のバンドに全く黒人音楽系のバンドが皆無(ほんまにゼロ!)だったの時にはビックリしました(東北出身の漫才さんが少ないみたいなものかしら?)。

そんな70年代半ばから盛り上がった関西ブルースブームも80年代になると、ブルースからフュージョンまでアメリカ黒人音楽80年の歴史を、たった10年たらずで走り抜けて終わってしまいます。私自身の音楽人生(ミュージックライフ)も70年代の。フォーク、ブルース、R&B、ソウル、ラテン、レゲエ、フュージョン等ブラックミュージックから80年代以降は、いつしか「河内音頭」や「江州音頭」へ。そして90年代「沖縄音楽」へと変わっていきました。

では、あのブルース熱は20有余年を経て消えてしまったのでしょうか?いいえ、マグマの様に私の中の深い所で消えるコトなく燃え続け、発酵と熟成の時を過ぎ、「ジャパン・ブルースカーニバル」20周年にあわせるかのように、激しく沸きあがり、ついにまた噴き出したのです。それが、おととし(2003年)発表した私、初のブルース・アルバム「ゴトウゆうぞうBLUES SHOW"フィーチャリング・カメリヤ・マキ"」と去年(2004年)の「ゴトウゆうぞうBLUES SHOW2"Far From Mississippi"(ミシシッピーから遠く離れて)」という2枚のCDです。 そして、借り物でない、誰のともちがう、何処にもない独自のブルースを模索し続けて、今年はついに我が身の35年の音楽人生をふりかえり、20年以上続いている我がバンド「ワニクマ・デロレン&マキ」と共にライブCD&DVDを製作する事になりました(発売は5月下旬)。ライブ収録は来る3月12日(土)「磔磔」でPM6:30よりの一発勝負で行います。この30年、京都でブルースと青春を送られた方、そしてまだブルース体験のない方も、どうかぜひともご参加ください。関西ブルース・ブーム・リバイバルを期待している今日この頃です。メンソーレ!
(結局さいごは宣伝になってしもうたなあ)

宣伝ついでにもうひとつ。
おととし(2003年)に、アメリカ合衆国でブルース音楽生誕100周年を記念して製作された何本かのブルース音楽のドキュメンタリー映画が、去年(2004年)は、日本でも封切られ、それぞれなかなかヒットしているとのコトでウレシク思っております。どれも皆ええ映画ばっかりです。「人間の魂」(ソウル・オブ・マン)、「ゴッドファーザー&サンズ」、「ロード・トゥ・メンフィス」は特にシビレたなあ。あとライブ映画の「ライトニン,イナ・ボトル」もヨカッタですよ。「ブルース・ムービー・プロジェクト」は、今も京都みなみ会館にて続行中(2005年1月現在)。レッツ・ゴーです。


ジュズツナギ
つぎの方は…
ダンカン林
ベーシスト
ゴトウゆうぞう
エンターティナー
大前チズル
JAZZピアニスト

どうも失礼いたしました。それでは、お次の第36回は、マイ・フレンド、JAZZピアニストの大前チズルさんに、ウグイスの谷渡り。


ゴトウゆうぞう
ミュージシャン、エンターティナー、サウンド・プロデューサー、博愛主義者。
1958年3月徳島市に生まれる。1979年、8・8ロックデイで優秀バンドに輝きデビュー!以来、塩次伸二、憂歌団、河内家菊水丸、クンチョー、上田正樹、桜川唯丸、上々台颱、ネーネーズ、知名定男、ディアマンテス、大工哲広、大島保克、登川誠仁、西岡恭蔵、三波春夫、都はるみ等々、大量のレコーディング、セッション、ツアーに参加。 1985年からは、日本唯一のブルース司会者としてジャパン・ブルースカーニバルの司会進行を務めている(今年でめでたく20周年!)

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