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今日もごはんに肉が乗る |
2002/10/23 02:19 |
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2,3年前ひどい不眠症に陥っていたことがある。
毎晩まんじりともせず夜が明けていくのをただやり過ごし、空気が凛と張り詰めたマンションの屋上に上り、日の出と共に輝き始める雲の様子を写真に撮ったりして一通り徹夜明け気分を満喫した後、めざましテレビなんかの芸能ニュースを見ながら「何見てんだ俺、ほんとバカだ」とか考えて泣きそうな気持ちになりながらようやく眠りに落ちる、という日々を繰り返していた。
だから僕は一時期芸能情報に異常に詳しかった。
小泉孝太郎の登場など息を飲んで見守ったものだ。
「つ…遂に出たッ!」って感じで。「自己紹介すら棒読みかよ!」みたいな。
そんな眠れない毎日を過ごす人間にいつだって優しいのはコンビニと牛丼屋である。
時は深夜だか早朝だか分からん4時頃だ。僕はいつものように眠れず、おまけに腹も減り始めていた。「チクショー何が哀しゅうてこんな時間に外に出にゃならんのだ」と半ベソかきながら僕はチャリで10分くらいのところにある吉野家に向かう。
街はまだ夜の続きでしんと静まり返っており、車がいない大通りの信号機のグリーンの灯が遥か遠くまで延々と連なっている中を僕は独りで自転車をこいで行く。朝の空気は頬にひんやりと冷たく、そして驚くほど瑞々しい。僕は明らかに生体リズムが狂ってしまっている二つの肺にその新鮮な空気を思い切り吸い込み、体の隅々まで冷えた酸素が行き渡るのを感じる。
馴染みのオレンジの看板と明るく照らされた店内が見えて来る。まだ薄暗い街の中にあってそれはまるで奇跡のように輝いている。
こんな時間に入っても店員は「何やってんだ寝てろよバカヤロウ」と思っても決して口には出さず「いらっしゃいませ!」と明るく迎えてくれる。不眠症で所在無くやって来た僕はその声で涙が零れそうになる。
牛丼はいつも温かく、平均的に美味く、そして圧倒的にジャンクだ。僕は牛丼を食いながら無性に切なく、それと同時に何か温かい気持ちになっていくのを感じる。こんな時間に僕に牛丼を作ってくれた店員のことを思う。
見ると店員が僕を見て微笑んでいる。
「いいんだ。それでいいんだよクロカワ君。君は何も間違っちゃいない」
不眠症が治った今も時々僕は思い出す。あの時僕を温かく迎えてくれた牛丼屋を。輝く朝陽を。数々の芸能ニュースを。
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