牛丼キライ!

週刊クロカワ




100 背が伸びますように 2003/03/14 23:57

♪ルールールルルー ……ああ、どこからともなく『夜明けのスキャット』が聴こえて来る。そうか。9月からやって来たこの連載も今回でもう終りなんだナ。最後は何を書こうかと考えようとしたけど、何か牛乳を飲み過ぎてお腹がゴロゴロ言ってるので意識が散漫状態、何も考えられません。♪牛乳飲んでみよう 背を伸ばしてみよう 牛乳飲んでみよう ルルルルルル〜 ……ああ、トモフスキーの歌も聴こえて来た。いよいよ終りは近い。俺の。

さあ終りだ終りだー。誤解しないで頂きたいのは100回に到達したから終るのではなく、僕の京都からの引越しが直接の原因で終るのだということだ。明日だか明後日だかにインターネットも接続出来なくなってしまう。ああ。素晴らしい町だったよ京都。自転車でどこまでも行けるというのがいいじゃないか。いろんなとこに行ったなー。趣旨が違うけど和歌山まで行ったこともあったな、自転車で。先代三日月号の最後の大仕事だった。確か往復240キロとかそんな距離だった。あれを最後に先代は旅立ったんだよな、あの世へ。ありがとな、三日月号。俺は楽しくやってるよ。

ダラダラ書いてたらいつまでも終らないので、そろそろ終ることにしよう。伊藤さんの期待に応えられたか、それだけが不安なのですが、伊藤さん、終りました。


ではみなさん、アディオス・マッソー。



99 日曜日よりの使者 2003/03/14 16:33

イヤー99?これ書いたらあと1回でようやく100に行きますね。正直、途中の十数回は書いた記憶も曖昧なのですが、まあいいでしょう。あと心残りなのは、確か20回目前後くらいだったと思うが、1回間違えて全文削除してしまったことがあるんだよね。だからその回は表示上は何も書かれていないのであります。ちゅうことは厳密には実質100回行ったことにはならないのですよね。色々すっきりしませんが、そんなこんなであと1回。御愛読ありがとうございました。って何度も言うけど、一体、誰が、読んで、いたと、言うのだ!

そういえばさっきふと思い出したことがある。些細なことだ。ちょうど1年くらい前、KBSラジオのディレクター神こと伊藤さんの下で番組ADのバイトをしていた僕は、そこで知り合った同い年の女の子に「卒論どんなこと書いてるんですか?」と訊かれた時に、「KBSの再生の可能性について書いてるところです」(伊藤さんすみません)と適当な嘘をついたことがあった。その子は「へえスゴイデスネ!」と感心してくれたのだったが、その後「嘘です」と訂正するのを忘れてしまっていた。彼女は今でも僕の卒論が「KBS京都・その再生の可能性について」であったと思っているだろうか。ていうかまあ恐らくそんなことは忘れてるだろうね。僕もさっき突然思い出したのだ。

   適当な嘘をついて その場を切り抜けて
   誰一人傷つけない 日曜日よりの使者

↑THE HIGH-LOWS↓の『日曜日よりの使者』という歌だ。最近1人でよく歌う。




98 人間国宝タモリ 2003/03/14 02:03

まあとりあえずある掲示板の以下の書き込みを見て頂きたい。


投稿者:りり  投稿日:03月13日(木)22時27分06秒

今日、お昼に関東で地震がありましたよね?
笑っていいともを見てたら、あ、地震だ〜、ってことでしばらくザワザワしてて
タモさんが「縦揺れがきてから横揺れが来たから、茨城南部あたりかな〜」
とか“またまたタモさん適当なこと言って〜!”的な笑いを取っていた。
そしたら、しばらくして字幕で地震速報が出たんだけど「茨城南部 震度4」で
一番高かった。マジでタモさんすげー。


うわーマジでタモさんすげー。お昼の顔がタモさんて、この国はなんて素晴らしいんだ。チキショー今日いいとも見てれば良かった。後で思っても遅いけどね。口惜しいぜ。

タモリの凄さを僕は詳しくは知らない。かつて寺山修司のモノマネをしていたとか、1人で四ヶ国語麻雀をやったりとか、イグアナだかの形態模写をしていたとか、断片的な情報しか知らない。何年か前に赤塚不二夫の確か『これでいいのだ』という題の対談集が出て、その中でタモリと対談している項があり、赤塚不二夫とタモリとの出会いが語られていた。うろ覚えだが、それは確かこんな話だった。

赤塚不二夫が友人たちと九州に行った時に、「九州に面白い男がいる」ということを聞いて呼び出されたのが当時無名だったタモリである。無名というより、確か30前後であったタモリはその時普通に会社員とかだったと思う。ホテルでタモリの芸を見てその才能に惚れ込んだ赤塚は、わざわざマンションを用意してタモリを東京に呼び寄せた。生活費も全て赤塚が出していたそうだ。呼ばれて奥さんを九州に置いてひょこひょこ来るタモリもすごいが、部屋を用意して金も出した赤塚はもっとすごい。そしてその後どういう風に仕事を得て売れていったのかは浅学にして僕は知らない。しかし今、誰もが知っているお昼の顔としてタモリはテレビ界に、イヤむしろテレビ自体として君臨している。あれほどテレビ界で外圧のない存在もない。かつてタモリを評してナンシー関はこう言った。「終始サングラスをしたままでこんなメジャーになったタレントはいない」と。

そういえばタモリは映画にも出ている。浅井慎平監督の『キッドナップ・ブルース』だ。これは特に面白い映画ではない。が、面白い/面白くないという評価のされ方の外側にある感じの映画ではある。不思議な映画だ。不思議というか行き当たりばったりの映画だ。タモリが近所に住む子供を「海を見に行こうか」とか言って勝手に連れ出して、旅先で会ういろんな人と適当に話をする、という話。その旅先で会ういろんな人というのが見所ではある。タモリとも親交の深いジャズの山下洋輔とか。何はともあれ映画にも出ているタモリ。

『徹子の部屋』というテレビ番組がある。黒柳徹子による長寿番組だ。12月の、その年の最後の放送のゲストが毎年タモリであるということはみなさん御存知だろうか。聞く所によると、タモリは毎年この場で貴重な芸を披露するのだという。僕はそれを見たことがない。今年こそは見なければならないと思う。

僕らはタモリについてあまりに無自覚で、そして無知なのではないだろうか。



97 らーめんばかりくっててもいいのか 2003/03/13 16:26

イヤ、良くない。ラーメンばかり喰ってていいはずがない。ラーメンのスープは様々な材料エキスが混ざり合っている総合栄養食品なのだ、とか言ってるバカな奴がいたが、そんなのは屁理屈だ。そしてタネを明かせば、それは俺のことだ。高コレステロール食・ラーメン。塩分過多っぽいラーメン。オーノー。でも高コレステロールって何だか知らん。

友達とラーメン部を結成したのは、あれはいつのことだったか。部の掟は「2人が顔を合わせる機会があったら、その時は必ずラーメンを食さなければならない」というもので、僕らはずいぶんいろんなラーメンを食った。食った気がする。ただ、何故かラーメン周辺に巣食う人々にはラーメンに対する思い入れが過剰な人が多く、長い行列も何のその、それに加えてやたらと味とかにうるさかったり、キチガイじみたコダワリがあったりするのはみなさん御承知の通りで、僕らはなるべくそこからは距離を置くように気を付けていたので、それほどラーメン狂であったということはない。が、まあ結構食べた。一緒にバイトをしていたので、店を閉めてから連れ立って食べに行くこともよくあった。ていうかむしろ一緒に入った日は必ず食べに行っていた。

僕が京都を去る日がもうすぐそこまで来ている。「やり残したことはないか」と考えた時、頭に浮かんだのは、寺社巡りでも芸者遊びでも歌舞伎鑑賞でもなく、「残り少ない日々で京都のラーメンをもっと味わっておかなくては!」ということだった。ああ何て貧相な発想なのだ。しかし僕は食っている。ここ数日というもの、ラーメンばかり食っている。ていうかむしろラーメンしか食っていない。ラーメンの味がする。僕の血はラーメンの味がする!しかもこの3日、毎日連続で同じ店に行ってしまっている僕だ。

○竹。

これは伏字ではなく、こういう名前の店なのだ。竹屋町通りを烏丸から少し東に行ったところにある魚だしのラーメン屋だ。2日前に初めて行って「美味い」と思って何となく昨日も行ってしまった。今日は別のラーメン屋に行こうと家を出たのだが、そこが休みで結局また○竹に行ってしまった。しかも3日ともほぼ同時刻に。僕は美容院も頻繁に変えるほど、顔なじみになるということがかなり嫌いなので、正直今日は行き辛かった。しかし行った。もう京都を出るんだ。今さら恥ずかしいもクソもあるか。ああ○竹。

○竹には芸能人のサインが一つだけ飾ってある。遠藤久美子だ。

僕は考える。もし自分がラーメン屋を出したとして、「あそこは美味い」と評判になり、芸能人も多数訪れるようになったとしよう。僕の大嫌いな菊川怜と米倉涼子も来るかもしれない。下手をすると一緒に来るかもしれない。ああその時僕は一体どうすればいいのだ。「俺、お前らのこと嫌いなんだよね」と言って出て行ってもらおうか。ゴキブリでも入れてくれようか。麺を入れずに出してやろうか。サインなんてもらうものか。死んだってもらうものか。菊川と米倉にサインをされるくらいなら、目薬をいっぱい入れた酒を飲んで寝る!俺は寝るブッチュ!

えーと、何の話でしたか。ラーメンだ。ラーメンの話だった。

あっラーメンで思い出した。今からラーメンズのライブを見に行って来ます。




96 イヤ、似てないYO 2003/03/13 02:39

アクセル踏んでゴゴッゴー。イエーもはやコンビニ店員ではなくなった新生クロカワです。イヤ、でありますの方がいいかな。何しろ俺はもうコンビニ店員ではないのだからな。自動的に人格もランクアップだ。って何て偏見に満ちた書き方だ。非コンビニ店員がコンビニ店員のことをバカにすると、もうあれだよね、シャレにならんのよね、ということに今気付きましたYO。うわあバカに出来ない。コンビニをバカに出来ない。バカにする以外のコンビニとの向き合い方を俺は知らない。コンビニは町のオアシスナノダー!とか言っとこうかな。何故こんな時間にもう書いているかといいますと、ウチの、おっと、元ウチのコンビニは、何と1時に閉まっちゃうからなのであります。24時間営業ではないのであります。全然コンビニエンスじゃないですよね。もうどうでもいいですけどね。

3年だ。3年も働いた。入れ替わりの夕勤の人がチロルチョコの詰め合わせをくれた。一緒に夜勤に入った人がクッキーをくれた。ああ意外と愛されている俺。いつも来る客たちに「今日で辞めるんですよ」と何度か言おうとしたが、今の今まで全く話したこともないので、結局一度も言うことが出来なかった。彼らは、僕と顔を合わせた最後の日が今日であった、ということを覚えてはいないだろう。何ヶ月かして、「あれ、あの愛想の悪い店員、最近見かけないけど辞めたんかな」とちょっと思うくらいだろう。しかし僕は覚えている。お前たちが、僕が最後の日に何を買ったかも覚えている。そして明日になったら忘れているだろう。あなた方の人生と僕の人生とが、コンビニという場所で一瞬とは言え交叉したこの事実を、世界中の誰も記憶しないのだ。考えてみれば何と儚いことか。

バイトの終り、それは恋の終りにも似て。




95 俺の方こそありがとう 2003/03/12 18:26

オッス、オラ梶川!色黒ノッポのデビルなんだ! Call me DEVI!

おっと間違い間違い。失礼、僕は黒川でした。そう言えばオトサタの伊藤さんからこの連載を頼まれた時、「よーし、あんなことを書いてやろう、こんなことも書いてやろう」と色々夢想したものだったよ。ふたを開けてみりゃこのザマだ。90何回も費やして一体俺はここで何を書いたんだ。何を書いて来たんだ。うおお。100回とかじゃなく、見据えるべきはその書くということに対する姿勢にあったのだ。練るべきであった。もっと練って書くべきであった。とか言いながら今も適当に書き進んでいるだけなんだけどNE。ああ、もしかして伊藤さんは僕に書くスペースを与えたことを後悔しているんじゃなかろうか。ああ、すみませんでした。

このオトサタには「ライブレポ」というページがあり、そこに僕も過去何回か書かせてもらっている。ということを最近思い出して、読み直してみたのだが、なかなかどうして、我ながらこれが結構面白かったのには驚いた。自分でもちょっと思い付かないような書き方をしているものまであり、何も考えずに適当に書いているだけの昨今の僕は頭を使って書いている過去の自分の文章の存在にただただうなだれるしかなかった。伊藤さんはあれを求めていたのではないか。週刊ペースで良いから、僕はきちんと構築した文章をここで書くべきではなかったか。ああ。何か取り返しのつかないことをしでかしてしまった気がするぜ。

しかも恐ろしいのは、ここで僕が書いていることに対して一切の反響がないことだ。BBSでこまこさんという知らない人がたまに「読んでます」的な書き込みをして下さっているのはありがたいが、それ以外の読者像が全く見えないまま書いて書いて書きまくって来た俺だ。誰が読んでどう思われていたのか。自分が連載を持つことがオトサタドットコムの品位を下げることになっていなかったか。反省材料が山積したまま、今夜は最後のコンビニバイトなのだった。

きっと隠れ読者たちが「お疲れ様」と花束を持って来てくれることだろう。




94 時給上げて!(明日やめるけど編) 2003/03/12 02:11

ひー、えらいこった。

3年続いた何の面白みもやりがいもないバイト、コンビニ店員もついに明日の夜勤で涙のバイトーナイトフィーバーだ。それにしても3年て!我ながらその3年という年月に思いを馳せ、改めてその重みに潰されそうになるのだった。生まれたての赤ん坊も、3年経てば「チンコ!チンコ!」と言いながら走り回るようになる、そんな年月。ああ。俺は都会の片隅で、明日もまたおにぎりを廃棄する。オーイエー。

何かちょっとほろりとさせるようなコンビニ思い出話を書いて提供したいところだが、人が思う以上にドラマのない場所、それがコンビニなのだ。特に書き立てるようなことはない。バレンタインデーに、キュートな女の子(客)に「いつも見てました。これ、受け取ってクダサーイ」とか言われたこともない。レジを打ち、掃除をし、ドリンクの補充をし、雑貨を並べ、雑誌を読んで、廃棄を食って、帰る。ああなんて非クリエイティブなんだ。この前、客にからまれた時に、「こんな誰でも出来るような仕事云々」と罵られて「くそうその通りだぜバッキャロウ」と心の中で笑ってしまった。仕事に対するプライドもないぜ。

おっとそういえば3年間1度も時給が上がらなかった。チキショー。




93 最後の一文はTOMOVSKYの歌詞 2003/03/11 21:23

ひー、えらいこった。

以前ここで『小人の饗宴』という映画を見た、ということを書いたのだが、その時、僕はその映画の監督について全く知らず、「制作者も小人症の人なんじゃないか」みたいなことを書いてしまった。それは僕の『小人の饗宴』を見ての素直な感想だったのだが、恐ろしいほどに無知で、しかもそのことについて自分が非常に無自覚であったということに、今では恥ずかしい思いで一杯だ。

後で知ったことには、『小人の饗宴』の監督は名をヴェルナー・ヘルツォークといい、「ニュー・ジャーマン・シネマの旗手」と称される人なのだそうだ。『小人の饗宴』が気に入った僕は、あれからビデオ屋にあるヘルツォークの映画を全て見たのだが、どれもこれも相当に素晴らしい映画だった。残念ながらヘルツォークのその独特の作風をここで紹介出来るほど僕は映画に関して明るくない。ああ口惜しい。えーい、そもそもニュー・ジャーマン・シネマって何なんだコンチクショー。何も知らん。俺は何も知らん!ああ。


ところで「テレビを見るなら代わりに映画を見よう」を生きていく上でのスローガンにしている僕は、まあ通常よりは映画を見る方だと思う。それ自体は別にいい。僕がちょっとどうかと思うのは、自分が、見た映画を見終わったそばからどんどん忘れて行くということだ。ストーリーを殆ど覚えられない。だから知識が全く蓄積されない。「趣味は映画を見ることです」みたいな小洒落たセリフの一つも言ってみたい僕はここで引っかかるのだ。この前、日記帳をもらったというだけの理由で4年くらい前に1年間だけ毎日つけていた日記帳が出て来た。読んでみて、過去に自分が意外にも色々な映画を見ていたということに驚かされた。しかも素晴らしいことに自分がそれを見たということを、僕が全く覚えていなかったことだ。何なんだこれは。「あの映画見たYO!面白かったYOねー」という会話をしようにも、ストーリーはおろか、見たかどうかすら覚えていないんじゃ、話が出来ないじゃないか。もしかすると僕は、映画を見るような人間ではないのかもしれない。見てはいけないのかもしれない。ああ。

そういえば、僕は本の内容も読むそばから忘れてしまう。「まあ出来るだけ本は読むようにしようよ」をスローガンに生きている僕は、「常に何か読みかけの本がある」程度には本を読む人間なのだが、これまた面白いくらいにストーリーなどを全く覚えられない。ひどい時なんかは、読み終わった瞬間に、さっきまで苦楽を共にした主人公の名前を忘れてしまったりする。評論本とかになるとさらにひどく、一文字一文字忘れながら読み進むという感じだ。何度でも新鮮な気持ちで見返したり読み返したりすることが出来る、という点では素晴らしい能力だが、読む意味はあるのかということについて真剣に考えると暗い気持ちになってしまう。

そういえば、僕は人の名前や顔をなかなか覚えられないという力もある。

僕の脳のメモリーは、受験時代に果ててしまったのかもしれない。




92 溶けて無くなりたい 2003/03/10 23:20

連載第1回で、ここで何を書くのか決意表明みたいなことをやろうとして、結局特に思い付かなかったので「日記を書きます」と宣言したことを果たして何人の人間が覚えているだろうか。むしろ誰が第1回なんかを読んだだろうか。やろうとは思わないが、恐らく今読もうとすると、下の「以前のクロカワ」というところを90回強もクリックしなければならないのではないか。ウーム、読まん。もはや誰も読まんよポチョムキン。そんな忘れられた幻の第1回目の「日記を書きます」宣言から早半年、実は僕はその宣言とは裏腹に「ここで日記を書くのだけは絶対に避けよう」ということだけを心掛けてこれまで書いてきたのだった。誰も気付いてはいないだろうけれども。

しかし最終回を目前に控えた今、僕は自分が何でそこまで意地になって日記ブームに与すまいとしていたのかが分からなくなってしまった。僕はウェブで日記を公開している人の自意識を心底嫌悪しているが、こうして意味のない文章をバンバン公開している僕と彼らとの間に一体どれほどの差異があるというのだ。大体、日記を書かない代わりに、何か意味のあるものをここで提供し得たのかと自問するに、考えるまでもなく答えは「否」だ。俺はこの半年、ここで一体何をしていたんだファック。書きたいこともないのに小手先の作文技術だけでここまでやって来てしまったぜゴッド。しかも自分が「近付きたくない」と思っていたインターネット的自意識と、いつの間にやら完全に飲み込まれてしまっている俺だよジーザス。

まあいいや。あと8回くらい何とでもなるわいな。




91 雲散霧消のMY思考 2003/03/10 18:24

ひー、えらいこった。えらいこったで自分。

静岡行って富士山を肴にフラフラと茶などを飲んだりしておる間に気付いたら数日過ぎてしまっていたようだ。君は非情にも、俺があと5日ほどで10回も更新出来ると言うのか。そしてしたからどうだと言うのか。知るか。えーい、いまいましい。コンポも音飛びが激しく、自動スクラッチ演奏になってさっきから延々と同じ箇所を再生していやがる。ああ、飛ぶな、音。そして蘇れ、元気ハツラツの俺。

そういえば前回の中2からのメール話、最初から最後まで全部嘘だったのですが、もしかして信じてしまった人もいるのでしょうか。「バカにすんなクロカワ、俺達ゃみんな分かって読んでたぜ!」ということであれば、僕も90回書いてきた甲斐があったというものだ。

眠い。


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