ジュズツナギ

第 10 回

「 Nさんの思いで 」


堀部篤史
(恵文社)

「京都と音楽」がテーマということだが、生まれも育ちも京都であり1度も京都の外 で生活をしたことのない僕にとって、全ての音楽との出会いは京都でのことなのであ る。もちろん始めてのDJも京都でのこと。

今はすでにない祇園のホテル街の中のクラブ、緊張を隠しながらパーティーの企画 書を恐る恐るオーナーに手渡す。10秒後に1言、「じゃあ、来月から頼むわ」。これ がNさんとの出会いだった。それから、白髪混じりの長髪を1つに纏めたうさんくさ いオヤジは夜の社会を知らない僕達ティーンに祇園の奥深さ、ダメ大人社会のルール を教えてくれたのである。

まず僕達がイベント当日張り切って重いレコードを運び時 間前にクラブに着くと、扉が開かない。待つこと2時間、イベント開始時間から1時 間遅れて、Nさんがマウンテンバイクにまたがり登場。「ごめん、寝てたわ」。もち ろん客なんて来てるはずがないのだからオープン時間などどうでもいいのである。さ すがに器がでかい。イベント中Nさんはよく退屈してVIPルームと呼ばれる奥の部屋で よく休んでいたようだ。イベントも回を重ねるごとにNさんとの中も親密になり、あ るとき僕達はとうとうVIPルームへとお誘いを受けたのである。重い扉を開くとそこ は竹林を装った和風バー、奥のカウンターにはNさんの愛人丸出しの女性が1人。あ まりにもバブル丸出しの悪趣味な空間に度胆を抜かれたものだった。あるときNさん は僕達のイベントに顔を腫らしてやってきたことがある。いつものようにポケットか ら生で千円札(もちろんぐちゃぐちゃ)を取り出し、ギャランティーを僕達に渡しな がらこう呟いた。「ヤクザになぐられてさ〜」。「えっ、お前仕事何?」その場に居 た全員がそう思ったことは間違いない。その後もそのクラブの奥にかくされていた 「Nのベッドルーム」(独房チックにベッドだけがある部屋)からは、アジア人が路 上で売ってそうなシルバーのアクセサリーのセットが発見、友人によって即没収され た。

そんなNさんとの最後のイベントが、友人が提案した1500円酒飲み放題という無 茶なもの。もちろんNさんは快諾、若さをもてあましたイベント客が死ぬほど飲みま くり、とんでもない赤字を出したことは言うまでもない。その夜は店で倒れるものが 続出、アウシュビッツさながらの凄惨な光景が繰り広げられたことも忘れられない。

武田真治とマブダチ、経営するレコード屋の店番を実の母親にまかせる、イベント中 に平気でネエチャンとキスなど彼の伝説は数え出すとキリがない。ビルを借りて4フ ロア丸ごとクラブにするという計画を立て、移転する予定が、移転先が定まらないま ま、もとのハコは撤退、それから僕達のイベントは運良くもう少し大きなクラブに移 ることになり、そのまま消息がつかめなくなったNさん。彼から学んだアバウトでギ ラついたスケールのでかい夜の哲学は僕が京都で生きる際の指針となり、今に至るわ けである。


ジュズツナギ
つぎの方は…
横須賀拓
PAT detective
堀部篤史
恵文社
矢田和生
BAMBINI

第11回は、矢田和生(bambini records)。京都でインディー・レーベルBAMBINIを立ち上げ、ワールドワイドな音楽をリリース。呑み仲間というより、酒を教えてくれた先輩。彼に教わった珍味は数知れず。呑みにケーションの果てに仕事まで一緒にする羽目に。

堀部篤史
堀部篤史
かとなんだかんだ言ってNさんの影響はでかい。レア・グルーヴを知ったのもNさんのクラブから拝借したロイ・エアーズが最初だし、いま付き合いのある友人達と出会ったのもNさんのクラブ。そんなエッセンスを全て注ぎ込んだ雑誌「CRUIZIN」BAMBINIよりもうすぐ発売。

★ページトップに戻る

★ジュズツナギINDEX

★H O M E

Copyright(c) otosata.com. All Rights Reserved.