LIVE REPORT



2001.8.8

渋さ知らズ2001越夏遠征
「天幕翻宙 使渋知世」


西部講堂の前は人でびっしりだった。もう開演時間は過ぎている。広場は食べ物やアクセサリー、怪しげな品物を売る露天に囲まれ、その奥には大きなテント。広場に詰めこまれた人たちは、食べたり飲んだり思い思いに時間を潰しながら祭りの主役を待っていた。

気がつけば、どこからか現れた楽団が開演を待つ人の群れの中を行進している。にわかにざわめく広場を一回りすると、楽団は大きなテントの中に消えていった。薄汚くも抗えない魅力を持った楽団の後を追い、客もテントの中へ吸い寄せられる。

鉄バイプと布やすだれで作られたテントに入るとステージに何かがあるのに気づく。小さな山のように盛り上がったそれは人間4,5人分ほどの大きさで舞台の前部を覆い尽くしている。間も無く分厚い管楽器隊の演奏が鳴り響き渋さ知らズのステージが始まった。その瞬間!舞台を覆っていたものが舞い上がった。大きな羽根を羽ばたかせ、演奏者や観客の頭上に襲いかからんとするそれは、原色に彩られた巨大な蛾だった。そこから2度と忘れることのできない怒涛の演奏が始まった。

ギター・ベース・ドラム・キーボード・ヴァイオリン・管楽器隊・ダンサー・白塗りの舞踏家・演歌歌手、それらを指揮する原始人のような男、そして頭上を舞う巨大な蛾!総勢3、40名の楽団が繰り出す演奏は、疾風の様に押し寄せ身体を連れ去っていく。急加速!旋回!急停止したかと思うと飛びあがる…変幻自在の音の波が絶え間無く押し寄せる。ここでは音楽が解放されている!演奏している者も見ている者も境目が無くなり一つになっていく。もはやテントの外には世界は無く、テントの中に全てがあった。

どれくらいの時間が経ったのか解らない。これが最後の曲だということを告げる雄叫びが響き、演奏が始まる。舞台後ろの骨組みに白塗りの舞踏家がずらりと並ぶ。舞台の前では華やかな女性ダンサーが踊り狂っている。演奏は衰えることなく戦車のように力強い。突然舞台後ろの幕が落ちる。テントの外の世界が目に入ってくる。夜の暗がりの中に見える西部講堂。新たに現れたその空間に、間髪入れず滝のような水が流れ落ちる。続けざま、その水のカーテンの向こうに炎が燃え上がる。まるで西部講堂が燃えているようだ。大仕掛けの連続に熱狂する客たちの上に、紙吹雪が振りかかる。しばらく動きを潜めてきた巨大蛾が息を吹き返し、大きくはばたきながら客の上に降りてくる。紙吹雪は、まるで蛾が撒き散らす燐粉のようだ。

巨大蛾の燐粉を浴びながら躍り狂う客たちの中に楽団が再び降りてくる。客を掻き分けテントの外へ消えていく楽団とダンサー。舞台の上に最後に残ったギタリストもフィードバックの爆音を撒き散らして消えた。

一瞬のことだったような気もするし、もしかしたらそんなものは無かったのかもしれない、という気にもなる。目や耳に焼きついたあの情景を思い返してみても、それは日常からあまりにもかけ離れていて幻のようにも思える。どんなに言葉を尽くしても、あの感覚を誰かに伝えることはできないだろう。それは一瞬で消えてしまう魔法のようなものだ。しかし、あの場所であの時間を共有した人間には2度と消すことの出来ないものとしてそれは残っている。巨大蛾の撒き散らした燐粉を浴びてしまったら最後。骨の髄まで毒が廻り、音楽から逃れられなくなってしまう。これから渋さを見る人は気をつけたほうがいい。人生が変ってしまうから。

(文・写真:イトウタケシ)


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